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地域を越えて愛されるブランド牛が”近江牛”

◆近江牛を世界へ広げるスタートメンバー
協会を立ち上げる当時から携わらせてもらっているのですが、ウチのところは様々な一級レベルのお肉を取り扱い、東京のこの地で広げていたのですが、近江牛にはブランド肉としてつくり上げるという使命を持っていたのだと思います。
◆最初に取り扱ったブランド牛であった
肉質と脂質が甘くその特長ある近江牛が初めてブランド牛であった。

特に東京では貴重な肉牛であったことには間違いなく、その近江牛をお客様に安定した量と品質で届けるのが我々の役目であり、美味しく召し上がっていただくために季節の料理に合わせた上質なグレードの肉牛を提案をし続ける。
これが昔も今も変わらず取り組む近江肉牛協会でやり続ける活動だと私は思います。
株式会社コシヅカ  近江肉牛協会・副会長 腰塚源一

近江牛の歴史を育みながら世に広める

◆近江牛とのつながりは古く滋賀県の竜王町出身の先代から続く
竜王町出身の先代が近江牛を東京に広めるために会長と先代は尽力し、日本初のブランド牛を「近江牛」を確立させた。
競り場でも何故に近江牛が入っていこないのかと疑問の声から何とかここまで作り上げてきた。
関東への広がりは微力ながら思いを強く持ち滋賀の生産者と共に声を掛け合い、この近江肉牛協会を主軸に開拓してきた。
◆近江牛のこだわりの牛の質を更に高める
近江牛は日本の母なる水瓶琵琶湖が育む自然が育んでいる。自然と共に歩んでいる近江だからこそ、近江牛の数にはごく少量だ。
そんな中でも更に質を高め、生産者と対話を重ね流通を広げ共に更に上位を目指すPREMIUMな牛として近江牛を世界に広げる支援をしていきたいです。
そして、舌の肥えたお客様にもっと喜んで食していただける肉を販売の目線で声を拾い上げ、生産者に届け、革新を続けていこうという思いです。
株式会社イヌイ  近江肉牛協会・副会長 犬井 和之



伝統の近江牛を最高の味で届ける

◆「きめ細かい旨さが近江牛にはある」
近江牛は昔から言われているのは近江牛はキメが細かく筋肉が繊細でほそく、味に深みがあると思う。
味として様々な料理に合わさりやすい、すき焼き、ステーキなど一言で言うのには難しいが、近江牛ならではのシャキッとした口の中で歯ごたえがある。
この味わいは味わった人でしかわからない深みを感じてもらえると私は思います。
◆「愛情いっぱいに我が子を育てるように育てる」
自社牧場ならではのこだわりは愛情いっぱいに育てている。我が子を育むようにストレスを与えない、牛の気持ちになり、のびのびと快適に育てていると自負している。
環境も餌も全てに、牛の為に、我が子の様に取り組んでいる。
細かいところを言うならば、餌。
餌にいたっては季節に合わせた牛が喜ぶ食べ方を与えている。夏場には塩分を多めに加える事で夏バテや熱中症などに備えたりしてます。
環境や体調を整えるにいたっては、ツメ一本に一本丁寧にカットしてあげたりと本当に我が子のように接しています。
やさしく丁寧に育てるように心がけやきめ細かい気遣いが近江牛を育んできたのだと思います。

このことはは、近江牛の歴史からも分かる通り、家族の一員であった、我が子のように毎日を接している。その気持ちが牛の肉質に関わり程よくしまった筋肉を作り、きめ細かく深みのある肉になっていくのだと感じます。
◆「牛とわしは会話が出来る」
牛を育ててきた翁が居たことを今思い出しましたけれども、彼は「牛とわしは会話が出来る」と言っておられた。ソコまで極められる人物が居るということも近江牛への愛情の注ぎ方が伺えると思います。
昔話になりますが、玄関入ると右手か左手かに牛が飼われており、その真向かいには必ず仏壇が祀られてあった。
それくらい家族のように接してきたのが近江牛の歴史です。
◆近江牛という素材を更に引き立てる方へ
シンプルに食してもらえるように訴え続けてきた。コレは素材が生み出した本気の素材だと自負しているからです。
特別な逸品としてこの近江牛という素材を是非とも活かしてほしい。
◆ホンモノを伝える
ホンモノを知ってもらうにはホンモノを召し上がっていただくことに尽きると思います。
ホンモノの良さを近江牛に託している。ホンモノを作り続ける。これが我々近江肉牛協会の今までの歴史であり、これから未来も同様に生きる道だと信じています。
株式会社森島商事  近江肉牛協会・副会長・森嶋治雄



深い歴史から始まる近江牛

◆近江牛の歴史は中川清兵衛が草分けだ。江州牛と呼ばれる時代から近江牛になるというその時代を眺めてきた。明治の年代から牛を育み、物々交換から始まったのが中川の牛だ。
穀物などを交換することから始まっていた、農家の資産として育んでいたし、家族同様に育てていた。
食用ではなく本来は農耕の道具として家族の一員であったのは間違いなく、牛にも専用の釜がありそこで牛の食事を創っていた。
正月にはお雑煮を食べさせてもらっていたくらいだ。そのくらい家族のようにいつも一緒にいた。
食用で売買が始まったのは、明治時代に入ってから。それまでは牛に屋号を付けて育ててきた。
昭和に入り戦後の食生活が変わるに連れて近江肉牛協会が東京でブランドを確立するために動き始めた。
今の形になってきたのは環境が良い鈴鹿山脈の伏流水の水質の良さが合ったからこの地で近江牛を育むようになった。自然に恵まれたこの地域こそが近江野菜も近江の米も牛も、人も地域のものを大切にしている。

肉質には水とエサ(厳選した牧草は栄養のバランスや味の質を独自に配合している)も影響している。臭みもなくさっぱりとしていて口当たりが良いのはそのお陰。
自然と育み、自然を愛でてきたからこそ、近江の牛は特別なのだと誇りを持って伝えていける。
そして、初期メンバーであった我々が作ってきた誇りは今もなお、次の世代へ受け継がれ、更に質を高めるために精進している。
中川畜産  近江肉牛協会・副会長・中川吉明

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